「押井言論 2012-2015」について


この一年間(延べにして三年半)、準備してきた押井(守)さんのインタビュー本の集大成となる『押井言論』がようやく昨日、脱稿しました。

この本は押井さんのメルマガ『世界の半分を怒らせる』に毎回収録されていたロングインタビュー(毎回1万字〜2万字)を約三年分、まとめ直し、押井さん自身に加筆修正していただき、さらに追加で新たなインタビューも録り下ろしたものです。

単行本化にあたり、全体の構成も変え、総文字数は40万字を超えました。総ページ数は656ページ。これまで押井さんのインタビュー本や新書をいくつか手がけてきましたが、間違いなく、押井さんのインタビュー本の決定版となるものです。

押井さんとの付き合い始めは1995年に『攻殻機動隊』が完成したとき、『WIRED』日本版でインタビューしたのが最初です。それからつかず離れず、二十年という時間が経過しました。ある意味、この本は僕にとってはその押井さんと付き合ってきた二十年の集大成とも言えるものです。

そもそも、アニメに造詣も興味もなかった僕がアニメ業界に関わるきっかけになったのは『WIRED』日本版のニュース記事で、ガイナックスの取材をし、そこで山賀(博之)さんに出会ったのが最初でした。その後、山賀さんに『WIRED』で「アニメのデジタル化」に関する特集記事を書いてもらうことになり、その取材に同行するカタチで、当時まだスタジオ4℃に在籍していた森本(晃司)さんに出会いました。森本さんはちょうどケンイシイのミュージッククリップ『EXTRA』の制作を終えたばかりで、取材したその日に打ち上げかなにかで一緒に踊っていた記憶があります。森本さんとの出会いは、色んな意味でその後の僕の人生を狂わせていくのですが、まあ、それは話せないことも多すぎて、内緒です。

押井さんにインタビューする機会を得たのはその後になります。当時の『WIRED』編集部で押井さんの作品を強く押していたのが僕の旧友であり編集長の小林弘人で、その小林弘人に押井守作品を薦めたのがアートディレクターの佐藤直樹さんでした。そこからなんとなくの流れで、僕にインタビューの仕事が振られ、正直、ほとんどなにも準備しないまま『攻殻機動隊』の編集を終えたばかりの押井さんのもとに向かったのでした。

第一印象は、気難しそうで、怖そうで、なにより、ほとんど目を合わせてくれない(これは今でも変わりませんが)のが恐怖でした。が、開口一番、こちらがなにも質問をしない段階で、ぼそぼそと勝手になにかを語り始め、それがほとんど聞き取れないので、顔を寄せて耳を澄ませると、ようするに少し前の号で山賀さんが書いた特集記事に関しての批評でした。そのまま約九十分間、僕は山賀さんの記事批評から始まる押井さんの講義をただ聞いているだけでした。

当時、まだICレコーダーがなく、MDも一般的でなかった時代、押井さんの声はほとんどテープに録音されない「ステルスボイス」で、文字起こしする際には通常の3倍くらいの時間がかかりました。そんなぼそぼそとした声にじっと耳を傾けているうちに、僕はいつしかすっかり押井さんの言葉に魅了されてしまったのでした。だらだらと止めどなく流れる川のようでありながら、気がつくと不思議な場所に着地し、奇妙に説得させられてしまう。押井さんにインタビューをしたことのあるライターの方なら、誰しもが一度は体験することかと思います。

この人の言葉をもっと聞いてみたい、と思いたち、僕はすぐさま押井さんの熱海の自宅に押しかけて「連載をしませんか」と持ちかけました。押井さんが話し、それを僕がまとめ、さらにその原稿を押井さんがフィニッシュする、という連載で、毎回の収録は一回の記事のために三時間はかけました。その連載は『WIRED』日本版が廃刊になったあとも、初期の『サイゾー』誌に引き継がれ、約11年間の連載を終え、『これが僕の回答である』(インフォバーン)という一冊の本にまとまりました。これがもう十年以上前のことです。

押井さんの本をまとめるたび、いつも雑誌の誌面の都合で言葉を削る作業にもったいなさを感じていました。無制限でこの人の言葉をまとめたら、面白いものになるのにな、と思い続け、ようやくその機会にめぐりあったのが、押井メルマガです。

たまたま友人の編集者である望月くん(現在は鍼灸師)を介してニコニコ動画のメルマガ担当者を紹介され、当時いろいろな映画の企画が停滞していた押井さんを半ば強引に説き伏せて、2012年にスタートしました。押井さん個人のメルマガなら、だらだらと話しがあちこちに飛びまくる押井さんの思考の本来の魅力をそのままテキストに出来るし、そこで長期間にわたってまとめたインタビューをさらに書籍にできる。そんな思いから、2012年にメルマガを開始し、三年間という一区切りで録り溜めた言葉を書籍化したのが、今回の「押井言論」ということになります。ちなみにメルマガの編集実務はほぼすべてを相棒の大塚ギチくんがひとりでやってくれました。メルマガそのものは現在も継続していますので、興味のある方はぜひ購読して下さい。

この書籍『押井言論』の値段5400円に関しては、おいおい、という感想もあるかと思いますが、正直、これ、ぼってるわけじゃありません。このほとんどは装丁実費となります。現在のAmazonの写真ではわかりづらいと思われますが、この本は完全保存版として重厚な箱(ケース)が付き、スチールプレートが埋め込まれています。さらに本体のカバーもクロス張りで、この値段に十分見合った豪華な装丁となっています。まあ、たまにはこんな無謀な書籍もあってもいいんじゃないか、と。

こんな無謀な装丁が実現できたのはサイゾーの社長の揖斐くんの英断があったからです。揖斐くんとはWIRED日本版で僕が記者をしていた頃からのつき合いで、さらに今回の装丁デザインはWIREDのアートディレクターであった佐藤直樹さんの会社アジールにお願いしました。

佐藤さんは最初に記した通り、WIRED日本版で押井さんを押していた方で、彼が編集部内で押井さんを押していなかったら、僕は押井さんに出会っていなかったことになります。そういう意味で、今回の本のデザインは佐藤直樹さんを置いて他にはいませんでした。さらに、新たにこの単行本の担当編集になった中矢俊一郎さん。彼が膨大な原稿をまっさらな眼で見なおしてくれたことで、自信を持ってお届けできる完成度になりました。

そんな二十年の時を経て、ようやくさまざまな想いが、この豪華な本に結実したと思っています。これで、ようやく、僕も人生のひとつの区切りがついて、自分の仕事に専念できるかとやや感慨深い気持ちで……すっかり長文になってしまいました。いや、まあ、実は久々に風邪をひいて、熱があるので、なんとなく書いていたらとりとめがなくなってしまって、すみません……。ではまた。

2015年12月17日 山下卓

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「押井言論 2012-2015」について への1件のフィードバック

  1. おっさん のコメント:

    素晴らしい仕事です!買います!